児童相談所と『親権者』
当事務所では、児童相談所によるお子様の一時保護及びその後の施設入所、在宅での児童福祉司指導の際の、保護者の方の代理人となる案件を多く取り扱っております。
今回は、児童福祉法における「親権者」とは何かということを考えていきたいと思います。民法上、子は父母の「親権」に属するとされており(民法第818条)、また、父母が離婚する際には、父母のどちらか一方が「親権」を持つこととされています(民法819条)。
なお、「親権」とは子の監護養育権と財産管理権を指すと解されており、例えば、児童福祉法上の一時保護などは、子の監護養育権に対する制限であると言えます。
父母が離婚した場合の「非親権者」
児童相談所が子どもを一時保護した場合、児童相談所が家族の再統合に向けた話し合いなどの調整を行うのは、原則として「親権者」に限られます。したがって、子の親権者を母と定めて離婚した後、母に子どもに対する虐待の恐れがあるとして、子が一時保護された場合でも、父は「親権者」ではないので、児童相談所との話し合いに参加することができません。
このため、非親権者(上の例では父)は、子どもたちが親権者(上の例では母)に虐待されていることや、自分の手元で子どもたちを育てたほうが、子どもたちにとって良いと思いながらも、「親権者」ではないために、子どもたちに関われないどころか、なぜ子どもたちが一時保護されたのか、現在どうしているのかも分からないという、非常に辛い立場に置かれます。
この場合、父は母を相手に、親権者変更の調停または審判を家庭裁判所に対して申立をする必要があります。離婚時に定めた親権者を変更する際には、仮に父母が変更について合意をしていても、必ず家庭裁判所の手続きに従って行わなくてはなりません。家庭裁判所の手続は、どんなに早くても2か月程度はかかりますので、その間、子どもの一時保護の期間が伸びることになります。また、児童相談所によっては、家庭裁判所の判断を待たずに、これまでの親権者(上の例では母)のもとに子どもを返すこともあります。
仮に家庭裁判所に対して親権者変更の調停や審判を求めても、裁判所が親権者変更を認めるまでは長い時間がかかることで、子の一時保護が長期化し、結果として、子の福祉を害することにも繋がります。
また、親権者が再婚し、再婚相手と子が養子縁組をした場合には、実両親間で親権者変更はできないとされています。このため、非親権者は、血縁があり、かつ、子どもを虐待していないにもかかわらず、再婚相手よりも劣後する立場に置かれることになります。
事実婚の夫婦
事実婚の夫婦の間に子が生まれた場合、子を実際に産んだ母は、実際に子を出産したことが明らかであることから、子の「親権者」となります。しかし、父の場合には、子を認知しなくては、法律上の親子関係が認められません。
さらに、子を認知しただけでは、子の「親権者」となれず、父母間で子の親権者をどちらにするか、協議をする必要があります(民法819条4項)。その場合でも、父母双方が親権者となることはできず、どちらか一方が親権者となることになります。
このため、事実婚夫婦の場合、親権者である母が子を虐待していたとして、児童相談所に一時保護された場合、非親権者である父は、原則として児童相談所の手続きに関わることができません。父が子どもと同居し、事実上監護養育していた場合には、児童福祉法上の「保護者」として、子どもを一時保護したことについて、通知を受けることなどはできますが、2か月を超える一時保護や、一時保護から児童養護施設への入所についての同意などをする権限はありません。
実際に子どもと一緒に暮らし、育ててきたにもかかわらず、父は、手続上、蚊帳の外に置かれることになります。
とはいえ、親権者である母と足並みがそろっていれば、親権者の同意があるとして、非親権者である父も事実上、児童相談所との話し合いに参加することはできるでしょう。しかし、子どもの一時保護が父母の不仲がきっかけであるなど、父母の間に対立があるような場合、父は保護者としてこれまで子どもと一緒に暮らしていて、かつ、父自身は虐待をしていないにもかかわらず、子どもを自分のもとに取り戻すことはできません。
この場合、父は、非親権者の場合と同様に、親権者変更の調停または審判を家庭裁判所に申し立て、親権者変更の手続きを取ってから、児童相談所に「自分のもとに子どもを返してほしい」と相談をすることになるでしょう。
子どもを育てていた祖父母
実親が何らかの事情で手元で子どもを育てられないため、祖父母が子どもを育てているということがあります。実親が子どもを引き取った後、子どもが子実親から虐待を受けているとして児童相談所に一時保護された場合、祖父母は子どもを育ててきたのは自分たちであるとして、自分たちのもとに子どもを返してほしいと言えるでしょうか。
これについて、祖父母は実親ではなく自分たちのところに子どもを返してほしいと主張することはできないというのが、現在の裁判例の考えです。子どもを育てる権利は基本的には法律上の親に認められる権利であると考えられているからです。
このため、仮に祖父母が実親ではなく、自分たちの手元で子どもを育てたいという場合には、実親の親権停止または親権喪失を家庭裁判所に求め、かつ、自分たちを実親に代わって子どもたちを育てる者(職務代行者)に指定してもらうという方法を取らなくてはなりません。
親権喪失や親権停止は、親権者や子どもに与える影響が大きいことから、裁判所としてもこれを積極的に認めない傾向があり、実親がいるにもかかわらず、親権喪失などが認められるケースは少ないといえるでしょう。
里親
児童相談所から里親に対して、子どもの養育を委託されることがあります。しかし実親が子どもを引き取りたいと言い出したり、里親と子どもとの関係が悪くなったりして、子どもが児童相談所に一時保護された場合、里親は自分たちのもとに子ども(里子)を返して欲しいということはできるでしょうか。
これについて、里親はあくまで児童相談所から委託を受けて、里子を預かっているという立場であり、里親が里子を育てる権利というのは法律上保護されるものではないとして、里親が里子を返して欲しいと主張することはできないと考えられています。
最後に
このように実際には「愛情あふれる家族」としての実態があったとしても、その関係が法律上のものであるのか、そうではないのかによって、児童相談所や裁判所の考え方は大きく異なるのが現状です。
「家族」というものの価値観が多様化している現代社会において、単純に「法律上の繋がり」のみを優先することが、本当に子どもの福祉にとって最善なのか、今後も考えていきたい問題です。
以上
