【新型コロナ】フリーランスの俳優の法律関係①

新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を目的とした自粛要請により,多くの方の社会生活に大きな影響が出ています。
本稿では,特に新型コロナウイルス感染症対応により,公演が中止になった俳優・スタッフの方々向けに,そもそもフリーランスの俳優・舞台スタッフの法律的な地位や,新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言を受けて公演が中止になった場合の対応策などについて,モデルケースを用いてご説明いたします。

モデルケース

フリーの舞台俳優のAさんは,演劇制作会社であるB社が企画していたミュージカルに出演予定でした。
公演期間は2020年6月から1か月間(30ステージ)ですが,2020年3月下旬からすでに週1,2回程度ですが稽古が始まっていました。
しかし,新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため,稽古も2020年4月に入ってすぐに中止となってしまいました。
AさんはB社との間で契約書を交わしていないし,そもそも出演料もきちんと決めていませんでした。

基本的な法律関係について

俳優がオーディションやオファーを受けて,舞台作品に出演するという状態は,細かく整理して考えると,

① 劇団や制作会社(以下,「制作側」といいます)が,俳優個人に対し,自分たちが制作・上演する舞台公演に出演を依頼し,
② 俳優は①の依頼に基づいて,制作側が制作する舞台公演に出演する
③ 制作側は,俳優に対して出演料を支払う

というものです。このように,契約の一方からの依頼を受けて,その依頼事項を行うという契約のことを,「業務委託契約」といいます。
業務委託契約自体は,特に珍しいものでも,俳優に特化したものでもありません。

「誰かから依頼を受けて,依頼された業務を行い,そのリターンとして報酬をもらう」という形式の契約は全てこれに当てはまります。例えば,ダンス講師なども業務委託契約です。

契約書について

業務委託契約では,契約の成立に契約書があることを必要としていません。
つまり,口頭の契約,いわゆる口約束でも契約として成立しています。

このため,例えばモデルケースの場合で,AさんがB社から,
「契約書がないから,契約なんてしていないよ」
と言われたとしても,それは理不尽な話なのです。
しかし,いくら口頭で契約が成立するとはいっても,後でトラブルになった場合には,契約があったことを自分で証明しなくてはなりません。
その証拠として契約書を作成しておく必要があるのです。

それでは契約書にはどのようなことを記載しておくべきでしょうか。
業務委託契約において,最低限決めておくことは,おおよそ以下のとおりです。

① 委託された業務の内容
例:「ミュージカル○○」の出演(アンサンブル)
② 委託された期間
例:2020年6月1日から30日
③ 業務委託料(出演料)とその支払方法
例:1ステージ当たり○〇円を,全公演終了後1か月以内に銀行振込で支払う

契約書というと,難しくてわかりにくいと思われる方も多いかと思いますが,最低限必要な事項は以上の3つと言っても過言ではありません。

もちろん,急に降板することになった時の取り決めなども必要かもしれません。
しかし,契約書にない事項については,民法に従って判断するので,民法の規定どおりでよければ,契約書にあえて記載しなくても,そこまで大きな問題にはならないのです。
(例えば先ほどの降板の例でいえば,降板の原因が俳優側・制作側のどちらにあるかで判断するのが民法の考え方ですので,常識的な感覚と大きくかけ離れていることはないでしょう)

また,契約書というと,「甲が~」「乙が~」と難しい言葉を使わなくてはならないのかとも思いがちですが,そのようなこともありません。
誰と誰との契約であるかが分かればいいので,「A」「B社」という書き方をしても全く問題ありません。

もっと言うと,題名が「契約書」である必要もありません。題名がなくても,大きな問題にはなることはありません。
(逆に言えば,題名が「契約書」であっても,内容が伴っていなければ,契約書と認められないこともあります)
具体的には,モデルケースの場合,最低限,以下のような書面で足りるでしょう。

B社はAに対して,以下のとおり出演を依頼し,Aは依頼どおり出演します
① 公演名 「ミュージカル○○」
② 公演期間 2020年6月1日から30日まで(30ステージ)
※2020年3月下旬から稽古あり
③ 出演料
1ステージ当たり○○円を,全公演終了後1か月以内にA名義の銀行口座に振り込む

また,契約書には日付とAとB社それぞれの署名を忘れないようにしてください。
できたら印鑑も押したらベストですが,絶対に印鑑がないとダメというものでもありません。
また,印鑑は実印である必要はありません。

契約書は2通作り,それぞれAとB社との間で1通ずつ持っていることが望ましいですが,難しい場合,1通はコピーでも構いません。

このように,契約書は決して難しいものではありません。
フリーの俳優の方が,舞台公演などに出演をする際には,少なくとも上記のように,最低限のことを記載した契約書を作るようにしてみてください。

それでも,あまり契約書作成が一般的でない業界ということもあり,契約書を作成することに抵抗があるという人もいるでしょう。
その場合には,録音も証拠としては有効ですので,最後の手段として,出演交渉の際に,録音をしてみても良いかもしれません。

その他の法令の適用について

フリーの俳優は個人事業主ですので,独占禁止法の適用があります。
芸能界と独占禁止法の関係については,芸能事務所とタレントの関係において,
「事務所退所後,一定期間は芸能活動を行えない」
「事務所退所後,テレビ出演等ができなくなるように,事務所から放送局などに対して圧力をかける」
などの行為が問題となり得るとの見解を,公正取引委員会が示しています。

これは,芸能事務所と所属タレントの問題に限ったことではなく,フリーの俳優と制作会社との関係でも,同じように適用されると考えられます。

独占禁止法では,優越的な地位の濫用を禁止する規定があります(2条9項5号)。
これは,業界で大きな影響力を持つ制作会社が,その力を利用して,弱い立場である俳優個人に対して,不当な要求などをすることを禁じるものです。
いわゆる「干す」ということや,安い出演料しか払わないこと,高いチケットノルマを課すことも,制作会社と俳優個人との力関係によっては,制作会社の行為は独占禁止法違反になるといえるでしょう。

なお,契約書を作らないこと自体は,それ自体が独占禁止法違反になるものではありませんが,望ましくないものとされています。

ただし,制作会社から依頼されていることが,脚本や楽曲など,形に残るものの提供であるような場合には,下請法の適用があります。
親事業者(制作会社など)の資本金が1000万円を超える場合には,下請法上,親事業者には契約書の交付義務があります(下請法3条)。

それでは,Aさんの場合,どのようなことができるでしょうか。
次回のコラムで説明します。

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