大家さんから出て行けと言われました

Aさんは同じ賃貸マンションに10年ほど住んでいます。建物自体は古いのですが,日当たりも良く,駅やスーパーにも近いため,Aさんはこのマンションを非常に気に入っています。

しかし,突然大家さんから,「このマンションは老朽化のため,建て替えるから,次の更新を待たずに,年内に出て行って欲しい」と言われて,非常に戸惑っています。

賃貸借契約の解約について

Aさんは,大家さんの言うとおり,自宅マンションから出ていかなくてはならないのでしょうか。
今回,Aさんは大家さんから,契約期間中であるにもかかわらず,自宅マンションから出て行って欲しいと求められています。

通常の建物の賃貸借契約において,民法上,中途解約は原則として認められていません。ただし,借主からの中途解約については,別途、賃貸借契約書に定めることによって,認められている場合が多いようです。

他方で,貸主(大家)側からの中途解約については,たとえ賃貸借契約書に記載があったとしても,無効であると考えられています。これは,民法の特別法である借地借家法において,「建物賃貸借契約の更新や解約において,借主に不利な特約は無効とする」という趣旨の規定があるからです(借地借家法第30条)。

したがって,「次の更新よりも前に出て行って欲しい」という大家さんの言い分は,法律の規定に反しているため,Aさんはこれに従う必要はありません。

賃貸借契約の更新拒絶について

それでは大家さんが,「次の更新はしないから,その時に出て行って欲しい」と言ってきた場合はどうでしょうか。

賃貸借契約の更新をしないこと,すなわち更新拒絶をするには,借地借家法で,「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」と法律で定められています(借地借家法第28条)。

これがどういうことかというと,貸主・借主双方の建物を必要とする理由以外にも,さまざまな事情を総合的に判断して,正当の事由があると認められなければ,契約の更新拒絶は認められないということです。

正当の事由とは?

それでは,Aさんのケースについて考えてみましょう。大家さんからの申し入れに,正当事由は認められるでしょうか。

大家さんは,建物を取り壊して,新しいビルに立て替えたいと思っています。他方で,Aさんは自宅としてこのマンションに10年間住み続けています。

大家さんは自分で建物を利用するわけではなく,また,現状でもAさんや,ほかの居住者からの賃料が入ってきているのですから,どうしても建物が必要というわけではないと言えそうです。

しかしAさんにとっては,10年間住み続けた建物を出ていくということは,生活の基盤が覆されることを意味しますから,Aさんと大家さん,どちらが建物をより使用する必要があるかといえば,Aさんだと言ってよいでしょう。

大家さんは「建物が老朽化している」ということも言っています。マンションの老朽化は,法律のいう「建物の現況」の一要素になりそうです。

しかし,更新を拒絶できるような建物の「老朽化」とは,単に築年数が経過しているということを指すのではなく,建物が今にも崩れ落ちそうなほど朽廃しているような状態を指すことが多いので,通常の利用に耐えうる状態の建物であれば,それだけで更新拒絶が認められることにはなりません。

そのほか,Aさんがこれまで周囲とトラブルを起こしたり,賃料を支払わなかったりするようなことがない,特に問題のない借主であった場合,大家さんがただ「次の更新はしない」と言っても,それが認められる可能性はまずないと言ってよいでしょう。

立退料について

そこで特に重要になってくるのが,法律のいう「財産上の給付」すなわち立退料です。
大家さんはAさんに対して,立退料を支払うことによって,Aさんに傾いている「建物利用の必要性」の天秤を,自分の方に傾けることができるのです。

それでは,大家さんからの更新拒絶を受け入れる場合,立退料として,Aさんは大家さんからいくらくらい支払ってもらえるのでしょうか。

立退料を決める要素としては,①移転費用,②借家権価格などが挙げられています。また,事業用の建物の場合,①と②に加えて,③営業補償も問題となります。

移転費用の内訳としては,引っ越し代金や物件の仲介手数料,差額分の家賃,挨拶状の発送費用などが含まれるでしょう。特に,差額分の家賃については,何年分負担しなくてはならないのかという問題があります。

公共用地の収用についての基準が参考になるとの見解もありますが,これもすべてのケースに当てはまるわけではありません。

また,Aさんが必要以上に賃料の高い物件に転居しようとしている場合など,実際にその物件でなければならないのか,他にもっと賃料の安い物件がないのかなど,様々な要素を踏まえて判断しなくてはなりません。

借家権価格については,借家権が財産上の権利として認められているとはいえ,一般的に取引されているものではないため,価格を算定するのが難しいという問題があります。

つまり,立退料の算定における判断基準としては複数のものがありますが,結局のところ,明確な相場は存在しないというのが実際のところです。

また,今回のAさんの場合には,10年間生活をしてきた基盤を奪われるわけです。しかし,生活の基盤を奪われることの不利益を,お金に換算することは非常に困難であるといえます。

とはいえ,設例のように,「次の更新はしないから出て行ってほしい」という大家さんの言い分は,簡単に認められるものではありません。安易に大家さんの言い分を鵜呑みにせず,大家さんからの更新拒絶を受け入れる場合には,正当な金額の立退料を受け取れるように,交渉を行うべきです。

合意解約について

先ほど,「大家さんから契約を中途解約することは認められない」とご説明しましたが,大家さんからの申出に,Aさんが応じることは自由です。これを,契約の「合意解約」といいます。

Aさんが条件次第では契約期間中であっても,建物から出て行って良いと思う場合には,大家さんとの間で,立退料に相当する金額の支払について,交渉を行うこともできます。

以上

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